無私の日本人

磯田道史氏の著書「無私の日本人」では、歴史に埋もれた三人の人物に焦点を当てています。

一人目は穀田屋重三郎。さびれた町を立て直すために奔走し、町を救った人物です。自分の行った事を善行として口外することを子孫に禁じ、天性謙虚と言われました。子孫である高平氏はその教えを守り、今も酒屋を営んでおられるとのことです。

二人目は日本一の儒者、詩文家と言われた中根東里。引く手あまたにもかかわらず仕官しようとせず、極貧に甘んじ、村人に人の道を平易に語り続けた人物です。読み進むうちに、その人物像が、孔子の弟子の一人である顔淵(顔回)と重なるようにも感じました。

三人目は数奇な運命をたどった江戸後期の絶世の美人、太田垣蓮月。自らの歌集を強引に差し止めるなど、名誉を求めなかった人物です。焼き物で手にした金銭、私財を飢饉の際に投げ打ち貧者を助け、人々の為に橋を架けるなど、慈善事業に勤しんだ方です。

登場する三人の主人公の中では、太田垣蓮月の話しに最も心を引き込まれました。蓮月の生まれ持っての資質に加え、常右衛門という育ての父に恵まれたことも大きかったでのしょう。日本最後の文人と謳われ、人格高く、品性高潔と称される富岡鉄舟が、若い時分に蓮月と暮らしていたということにおいても、教育というものの重要性を感じる一例と言えます。

蓮月に引き込まれる理由を考えた時に、幼いころから祖父母や叔父叔母に育てられた自身の生い立ちにも影響されているかもしれません。祖父の口癖は「人様に迷惑を掛けるな」「何でも程々にやれ」といったものでした。清貧とまでは言いませんが、曲がったことが嫌いで、他者に敬意を持って接する、言葉数の少ない人でした。そのような美意識を肯定する現在の私自身を形成してきたのは、そういった身近な人物の存在があってなのかもしれないと、本書を読み終えてあらためて感じました。

著者は、本書で焦点を当てた三人の生き様を通して、日本人の美徳、惻隠、献身、謙虚といったものを描いています。歴史を通して、昨今の日本の姿は日本本来の姿ではないのではないかと問うています。物事の価値をことごとく金銭や生産性で計るという西欧流の考え、経済資本主義にすっかり染まった人々は、競争と評価に追い詰められ、本来の日本人らしさを失っているというのが著者の思いでではないでしょうか。

お金というものは所詮人が作りだした発明の一つ、道具に過ぎません。その道具をいかにうまく使うかという考えは当然あってよいのでしょうが、その道具であるお金が目的になることや、道具に縛られることなどは、本末転倒です。人生を豊かにするためにお金という道具をいかに使うか、さらにはお金以外の新たな道具を創造し、使いこなすといった観点が必要ではないでしょうか。

「日本人は貧しい。しかし幸福そうだ」という、幕末維新のころに来日した欧米人が感じた日本。いまとなっては遠い昔のことかもしれませんが、今もなお、そのDNAは脈々と受け継がれていることを信じ、それを大事にしたいと思います。

2019年の幸福度ランキングにおいて日本は58位と言われています。他と比べた幸せでは無く、自らの美意識、価値観に従った幸せを追求することが望ましいのではないでしょうか。進歩、希望が無いと幸せを感じ続けることは難しいという意見もありますが、それもまた逆に人を追い込むことがあると思います。

「足るを知る」という言葉があります。「これで良い」ではなく「これが良い」と思い生きること、与えられた今の状況に感謝すること、マインドセットを内に向けること、心を富ませる事が大事ではないでしょうか。

2年前の2017年、沖縄を訪れ、沖縄の現状を知ると共に、過去の悲惨な歴史にもあらためて目を向ける事ができました。平時には心優しい人々であっても、戦時のような異常時においては、やさしい心を失い、冷静さを欠き、時に残虐な行動をとってしまう。

「その時」が突然やって来た時に自分自身がどう動けるかは、日頃から自身の内面に向き合い、人間性や美意識を十分に高められているかにかかってくるのではないでしょうか。

どんなに優れた役者でも、その人の人間性を100%隠すことは出来ず、必ず相手に透けてしまうというのが私の持論です。

営業という仕事は、常に誰かと相対しています。人間としての品性を高めるという地道な行為が、もしかすると一番必要な職種なのかもしれません。

2019年8月25日


HINATA-BRIDGE Website

今のような状況から抜け出して日のあたる場所で暮らしたい。そんな思いで18歳で単身上京した。早いものでそれから二十数年が経過。妻と出会い、3人の子供に恵まれた。沢山の方の助けも貰いながら、多少なり日のあたる場所に居場所を築けたように思う。今度は私が「向こう岸である日向への懸け橋」になれればとの想いから、”HINATA-BURIDGE”として記録を残していければと思う。

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